大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2706号 判決 1989年5月23日

国籍

韓国

住居

東京都豊島区北大塚二丁目六番一〇号

会社役員

岡田正夫こと金奉根

一九三八年八月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金二二〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区北大塚二丁目六番一〇号所在の岡田ビルほか二か所において、「三元荘」等の名称で麻雀店を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外し、借名及び仮名の預金をするなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和五八年分の被告人の実際総所得金額が四五三四万二九三円あった(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同五九年三月一五日までに、東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署の同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同五八年分の所得税額二〇六六万七一〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、

第二  同五九年分の被告人の実際総所得金額が五七二二万七五三円あった(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同六〇年三月一五日までに、前記豊島税務署の同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同五九年分の所得税額二七五七万二四〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ、

第三  同六〇年分の被告人の実際総所得金額が五五三六万八三一七円あった(別紙三の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一二日、前記豊島税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が五六九万四五〇円で、これに対する所得税額が四九万二〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第二三二号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二六一三万五二〇〇円と右申告税額との差額二五六四万三二〇〇円(別紙三の(2)脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書四通

一  被告人の収税官吏に対する質問てん末書五通

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  売上金額調査書

2  店頭払小口経費調査書

3  租税公課調査書二通

4  水道光熱費調査書二通

5  広告宣伝費調査書

6  接待交際費調査書

7  損害保険料調査書

8  修繕費調査書

9  車両費調査書

10  福利厚生費調査書

11  支払手数料調査書

12  給料賃金調査書

13  地代家賃調査書

14  減価償却費調査書二通

15  雑費調査書

16  家賃収入調査書

判示第一、第二の事実につき

一  収税官吏作成の固定資産除却損調査書

判示第一の事実につき

一  収税官吏作成の消耗品費調査書

判示第二の事実につき

一  収税官吏作成の譲渡収入及び譲渡経費各調査書

判示第三の事実につき

一  福田定一の検察官に対する供述調書

一  収税官吏作成の預金利息調査書

一  押収してある所得税確定申告書(昭和六〇年分)一袋(平成元年押第二三二号の1)

(争点に対する判断)

一  弁護人らは、被告人経営の麻雀店三店舗の売上げにつき帳簿に正確に記帳がなされており、しかも一店舗の売上げは被告人の通称名である岡田正夫名義の預金口座に、二店舗については妻と娘(これについても通称名、昭和五八年三月一八日以降は誤記により名前の字が異なっている。)名義の口座に預金がなされていて、容易に察知されない他人名義を用いていないこと、右各口座は被告人の住居地に近接する同一の銀行に設けられていて、容易に察知されない遠隔のそれぞれ異なった銀行において設けていないこと、被告人には他に三名の子供がいるが、それらの名義を使用していないこと、営業許可名義が一店舗は被告人名義であるが、他の二店舗は兄と他人名義になっている点についても、本件以前の昭和五六年度及び五七年度分の申告において、いずれの店舗の売上げをも被告人の所得として申告していること、以上から被告人がした借名及び仮名の預金をするなどの行為は、税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難にするものではない旨主張する。

しかし、当裁判所は、所得税法二三八条一項にいう偽りその他不正の行為とは、租税を免れる意図をもってその手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような偽計その他の工作をいうものと解することは弁護人ら引用の判例(最高裁昭和四二年一一月八日判決)の見解と同一であるが、被告人の行為は所得を隠蔽し所得金額の捕捉を著しく困難ならしめるものであって、右不正行為に該当すると考えるので、以下にその理由を説明する。

関係証拠によれば、被告人は、売上げを帳簿に正確に記帳しながら、同五七年度分以前から確定申告に際し、自己の営む三店舗の事業所得を過少に申告し、同五八年度及び五九年度分は申告せず、同六〇年度分についても三店舗のうち二店舗を自己の営むものとして、顧問税理士に右帳簿を示すことなく過少の事業所得を告げて申告をしたものであり、本件強制調査により国税庁において右帳簿の存在とその内容が掌握できたものであることが認められ、右認定事実からすれば、被告人は、記帳した帳簿に基づき確定申告をしようとする意図や、税務署に対して右帳簿の存在を明らかにする意思はなく、単に自己の店舗の売上管理のためだけに記帳していたに過ぎないと認められる。

また、被告人は、自己の営む三店舗のうち二店舗につき他人の名義で営業許可を得て営業し、その各店舗の売上収入を記帳しながら、その売上金の一部を対応する店舗名あるいは営業許可名義人の銀行口座ではなく、被告人名義の店舗分につき妻名義で預金するなど他の名義の預金口座に入金し、その間同五八年には取引銀行も変更し、入金後一部定期預金などして管理してきたが、同五七年度分以前及び同六〇年度分の確定申告の際、その預金残高に基づき事業所得の算出をして申告したこともなかったことが認められる。

これら帳簿に基づき申告する意図や帳簿の存在を明らかにする意思がなく、他人の名義でも店舗を営業し、その売上金も対応する名義の預金口座で管理せず、当初入金した銀行預金口座の合計預金残高に基づき売上金を把握することも困難などの諸事情によれば、無申告の意図の下、借名及び仮名の預金をして売上金の一部を管理した被告人の行為は、たとえ右名義人が全くの他人の名義ではなく、また他に三名の子供がいるのにその名義を使用していないこと(この点についてはそこまで必要でなかったからであると考えられる。)、その銀行が遠隔地でなかったこと、さらに正確に記帳した帳簿が存在したという事実があったとしても、税の賦課徴収を著しく困難にする行為であったというべきである。

二  次に、弁護人らは、被告人には不正行為の意図がなかった旨主張するので検討するに、前記事実及び関係証拠を総合すれば、被告人は、昭和四三年以降麻雀店を経営し、同四九年にはその数は三店舗となり、二店舗につき営業許可名義を他人から借用したこと、また、各売上げの一部(その余は被告人が個人的用途に費消)を、各店名義ではなくそれぞれ自己名義、妻名義、娘名義で預金したり、仮名で預金していたが、各店の売上げについては各店ごとに帳簿に正確に記帳がなされていて、預金名義で区別する必要性はそれほどなかったこと、妻名義及び娘名義では普通預金だけでなく定期預金も設定されていること、右仮名以外の三名義は同五五年ないし五六年から売上金の預金のために使用されていたものであること、取引銀行は同五八年に変更されたが、それによって税務署による捕捉は以前より困難となったこと、被告人は、本件各年度分以前から、税理士に依頼して所得税の確定申告をしていたが、被告人はそれらについても過少申告を行い、所得税を免れていたこと、同五八年度及び五九年度分について、税理士から「あまりにも実際より少ない金額しか申告しないのはまずい」と言われたことから、発覚を恐れてあえて確定申告しなかったこと、同五八年度分の所得がほぼ四〇〇〇万円位あったことは認識していたこと、同六〇年度分については確定申告をしているものの、新たに雇った税理士に前記三店舗のうち二店舗の経営しか告げず、また帳簿も見せず、所得をごまかして税金が安くなるよう依頼し、異常に低額の申告をさせていること、右六〇年度分について申告した理由は、被告人の永住権の申請や銀行融資を受けるためには所得税の納税証明書が必要であることを人から聞いたことと、被告人の子の保育園入園のため住民税納付証明書が必要であったことが認められる。

以上の事実によれば、被告人は、借名及び仮名預金口座を各店舗の売上げを区別するためだけでなく、それを利用して同五八年度及び五九年度分の所得を秘匿し、それぞれ所得税を免れたものというべきである。

被告人は、当公判廷において、同五八年度及び五九年度分の所得を申告しなかった理由について、被告人の母の死亡や父が高齢で韓国に行ったり来たりしていたことから申告できなかった旨供述する。しかしながら、被告人は当時税理士を雇っており、右被告人が言う理由からしても確定申告について手数がかかってできないとか、時間がかかってできないというものではないこと、前記のとおり、五七年度分までと六〇年度分について確定申告をしていること、したがって、被告人が供述する理由は、六〇年度分について申告した理由に比し合理性がないことから、右供述は措信できない。

三  次に、弁護人らは、被告人の営業許可名義の店舗の売上げや被告人所有の建物の賃料収入については、何ら所得秘匿工作はないのであるから、その分についてほ脱所得から控除すべきであると主張する。

しかしながら、前者については、被告人の営業許可名義の店舗の売上げについては、被告人の妻名義で預金がなされており、前記のとおりそれ自体秘匿行為といえるのであるから、その点においてすでに採用できないだけでなく、右いずれの主張についても、前記認定のとおり、昭和五八年度及び五九年度分について不正の所得秘匿行為がある以上、ほ脱額はその不可分の関係にある各年度分の全所得額であると解するのが相当であるから、採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

五  懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

(求刑 懲役一〇月及び罰金二五〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村俊夫)

別紙一の(1) 修正損益計算書

<省略>

別紙一の(2) 脱税額計算書

<省略>

別紙二の(1) 修正損益計算書

<省略>

別紙二の(2) 脱税額計算書

<省略>

別紙三の(1) 修正損益計算書

<省略>

別紙三の(2) 脱税額計算書

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例